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九条ねぎの歴史

九条ねぎの歴史とウラ話

九条葱の歴史は様々な諸説がありますが「葱」はユリ科の植物で、中国西部地域が原産地と言われております。

九条ねぎ

紀元前より中国で栽培されていた原種が朝鮮半島を経て渡来し、古くは「日本書紀」にその記述が見られます。そして浪速(大阪)から平安建都以前の和銅四年(711年)、稲荷神社が建立されたときに京都で栽培が始まったという口伝えがあり、平安前期の「続・日本後紀」には九条村(現・京都市南区九条)で「水葱」を栽培したと記録があり、また、伝承によると、弘法大師(空海)が昔、東寺(教王護国寺)の近くで大蛇に追われて逃げ場を失い、葱畑に隠れて難を逃れたことがあり東寺の五重塔の上には、葱坊主(葱の花のつぼみ)がつけられたとも言われています。

また、平安時代から京の主要野菜であったらしく、延喜式(927年)にも栽培法が記され、江戸時代の雍州府誌(1684年)には、東寺の付近から東南の地域一帯の葱の品質が良いと書かれております。

平安京の郊外(碁盤の目の外)の洛南一帯は低湿地で養分豊かな土壌が条件に適した上に、熱心な農家によって作りこまれ、改良されたことから「九条葱」の名が生まれたとされています。明治時代に入り、牛肉の普及が進むにつれ栽培も一層盛んになり、京都の産業の発展も重なったことで、産地は南に、そして徐々に郊外にすすみ、今日、京都府下で作られています。

冬の気候が比較的温暖な関西では、霜に浴びながら柔らかい緑葉が育ち、甘味を増す九条系品種があり、これを大きく分けると葉葱(青葱)と根深葱(白葱)とに分けられます。
京都では、普通葱と言えば、葉葱の代表の九条葱を指し、根深葱を関東葱と呼びます。

九条ねぎについて

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